最終的に異種移植へと踏み切ったのは、予備実験でかなり長い生存例をえることができたこと、そして、新生児間の移植では、拒絶反応が大人どうしの移植ほどきびしくないとわかってきたこと、この二つが大きな理由ですね。
すなわち、他者の侵入に対する防御反応である免疫のシステムが完成される前の新生児のケースでは、人に近いヒヒの心臓ならば、人の心臓が見つかるまで十分その役割を果たしてくれると考えたわけです。
もちろん病院の倫理委員会では、何回にもわたって議論が積み重ねられましたよ。
そして、最終的にOKが出て、一九八四年一〇月二六日に実施したわけです。
残念ながら、その時の患児は、移植後二〇日で、心筋の壊死に腎不全と呼吸不全を合併して死亡してしまいましたが、移植した心臓には典型的な急性拒絶反応は認められませんでした。
しかし病理学教室で顕微鏡をのぞいてみると、たしかに急性拒絶反応らしい所見はみあたらなかった。
新しい医療的試みに対しては、「自己の名声のためにやったのでは」という疑いが向けられがちだが、H教授はそのような人ではないという印象を強くもった。
それを証明するかのように、このR大学には、彼の人間的な魅力にひかれて、数多くの人材が集まり、すばらしい心臓外科、そして移植チームが出来上がっていた。
九月に入って、セントルイスのW大学、カナダのT大学と、北米を代表する二つの肺移植センターを訪れた。
W大学は、グラハムフェローシップの名前の由来となったE.Gが、最初に胸部外科教室をつくったところで、当時、グラハム基金の理事長であったC教授を中心に、全米でも指折りの心臓・胸部外科教室がつくられていた。
C教授は、世界でも最先端を走っていたT大学の肺移植チームの二人の中心人物、K教授とP教授を引き抜き、それまでおもに心臓外科で名をはせていたW大学を肺外科の分野でも一流の施設に育て上げたのだった。
P教授と、形成外科の教授として同じ大学で活躍中の夫人には、滞在中に何度か食事に招待していただき、その折、あまりに細分化されすぎた心臓外科よりも、肺外科に専念してみる気はないかと誘っていただいたことがあるが、どうしても心臓外科への思いをたち切ることはできなかった。
たしかに肺外科は、学問的にもテーマを限定して深く研究できる余地がたくさんあり、アメリカでもいいポストを得るチャンスの多い分野だ。
それに比して、現代の心臓外科は細分化されており、どの分野においても、超一流となるのは至難の業だ。
米国ではとくに、小児心臓外科、成人では冠状動脈バイパス、弁疾患、大動脈瘤、移植および補助人工心臓と、各心臓外科医が、おのおのいずれかをその得意分野としている場合がほとんどだ。
日本でも、東京女子医科大学や、国立循環器病センターといった国を代表する施設ではそうした傾向が見られる。
しかし、私自身、最初からあまりに間口を狭くして一つの分野の手術だけに専念するのには大きな抵抗があった。
もちろん一つの分野に集中した方か技術の習得も早く、したがって、若くしてその道の権威になれるわけだが、あくまで「心臓外科医」である以上、小児心臓外科から成人の心臓手術まで、ひととおりのことはできるようになっていたい、そのためには、少しくらい時間がかかっても構わないという気持ちが強かった。
これにはおそらく、B.R教授、B教授という自分の尊敬する外科医たちが、それぞれ移植、小児心臓外科という得意分野をもちながらも、一応すべての分野をこなし、数多くの弟子たちを育てているということも、大きく影響していると思う。
グラハムフェローシップ前半の施設見学が終わり、一九九一年九月三〇日、Bに到着した。
五ヵ月間、北米でも有数の心臓外科施設を見て、現代の心臓外科および移植医療は、外科医だけでは決して成り立たない「チーム医療」であることを痛感し、自分も早くそのチームの一員として働きたいと心待ちにしていたが、まさか、ピ。
ツバーグでの最初の夜からその願いがかなえられるとは、思ってもみなかった。
Bに到着して、大学のすぐ近くのホテルの部屋でくつろいでいると、電話が鳴った。
チーフのK教授とともに移植部門を引っぱっているH教授からいきなり、今夜の心臓移植の臓器摘出に同行するように、との電話だ。
その直後、今度は日本人の移植フェローとしてK大学から留学中のM.S先生から連絡が入った。
何か何だか分からないまま、とにかく大学病院のERに急行し、心臓移植のドナーチームに加わった。
脳死の患者があらわれると、まず、その病院から各地域にあるもよりの臓器供給センターに連絡が入る。
脳死患者の臓器を公平に分配するために、このような臓器供給センターが全米にちらばっているのだ。
移植を必要とする患者は、待機リストにのせられた時点で、身長、体重、血液型、サイトメガロウイルス(cMv)やB型、C型肝炎ウイルスの抗体の有無など、大切な情報がコンピュータに登録される。
この時点で、その患者が自宅待機できる状態か、あるいは入院して強心剤などの点滴をうける様な差し迫った状態に応じて、ステータス(緊急を要する移植適応患者)とステータス(緊急を要しない移植適応患者)に分けられる。
そして、まずドナーが提供される病院と同じ州に住んでいるステータスの患者、次に近くの州のステータスの患者、そして、そうした緊急を要する患者がいない場合はステータスの患者、というように優先順位が決まっていて、自動的にリストの上から順に連絡をとるようになっている。
ドナーがあらわれた場合、その一人からそれぞれの臓器の状態にもよるが、心臓、肝臓、腎臓、肺、豚臓と、できるだけ多くの臓器を移植しようとするので、移植をうける患者の決定は一刻をあらそう。
なぜなら一人のドナーからそれぞれの臓器を最良の状態で取り出すには、心臓を摘出した直後、間髪を入れずに肝臓、腎臓などを摘出しなくてはならないからだ。
移植をうける患者が決まってから、各臓器を植え込むプラント側の病院の外科医臓器を取りにいくことになるので、心臓にかぎらず、肝臓、腎臓などの移植リストにのっている患者さんで人院していない人は、すぐに連絡がつくよう、自宅に待機しているか、あるいはポケットベルを持ち歩いている。
すぐ連絡がとれない場合、待つたなしで優先順位が次の人へ連絡がゆくので、もし、その機会を逃したら、次にいつ自分と同じ血液型の条件のよいドナーがあらわれるか、わからないのだ。
H教授、M.S先生、そしてコーディネーターの人たちと、小型ジェット機で飛んだのは、ノースキャロライナの小さな町の病院だった。
到着すると、すでに、肝臓、腎臓などのチームの人が手術室に入っていて、臓器を取り出す準備をはじめている。
そこへ、われわれ心臓チームが加わり、時には八人を超える外科医が一人のドナーのまわりに立ち、即席のチームをつくることになる。
だれもが、自分が取り出そうとする臓器を最高の状態でもちかえりたいと考える。
脳死となったあとでも、各臓器へ血液を流すポンプの役割をするのは心臓だから、ほかの臓器を取り出す直前まで心臓の状態がよいことが必須条件だ。
したがって、われわれ心臓チームの責任は重大で、摘出の準備をしているときの手術上のミスは許されない。
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